きようなできごと

記憶力が足りない

新入社員の、大いなる目標

この四月から、社会人

いよいよ、会社に務める事になる

他の新入社員とは、違って

僕には、大きなひとつの目標がある

それを成し遂げるためには

努力は惜しまないつもりだ

 

最初のうちは

様々な部署で、いろいろな仕事の様子を

見せてもらったり、研修の毎日だった

 

事件は、研修最終日に起こった

 

会社で使われるデータが集められている

データ室で、おかしな動きをしている人物を見つけた

僕はすぐに、上司に報告し

そいつを、捕まえた

先輩社員だった

データを盗み出し、他企業にでも売り飛ばす

つもりだったのだろうか

 

入社早々

僕は、社員の信頼を勝ち取るだろう

僕の目標は

この会社で、えらくなって

データを扱えるようになったら

それを、他社に、売り飛ばす

そう、僕はスパイなのだ

なので、この会社にスパイはひとりでいい

僕、ひとりでいいのだ

スパイの道は、とても厳しい

 

研修の終了と、共に

新入社員歓迎会がひらかれた

社長の話の際

僕はみんなの前に呼ばれた

「今日で、研修が終了したけれども

なんと、新入社員の彼が

先輩社員の、不正を暴いたぞ」

どよめく、一同

とても、気分がいい

「捕まった、君もうかつだったね」

僕が捕まえた、先輩社員も

みんなの中で、笑っていた

 

どういう事だろうか

会社に損失を与えかねない事態だったのに

厳しい処罰があるはずなのに

僕は、動揺を隠せなかった

 

「ああ、驚いているようだね」

社長は、僕の様子に気が付き、そう言った

僕は、混乱して汗が止まらない

 

「君には、まだ言ってなかったが

彼も、君と同様にスパイなんだ」

ぐらりと世界が歪んだ気がした

なぜ、社長は僕がスパイだと

 

「ここにいるみんなも、スパイ

そして、私もスパイなんだよ」

 

社長が言うには

あらゆる局面への、対応が求められるのが、スパイ

様々な人員が、必要になる

そのために、ひとつの会社を設立して

あらゆる事に、対応できるよう備えているのだ、と

 

普通の会社員が、他社に潜り込む事もあれば

受付対応する女性から、食堂勤務、

館内の清掃員まで

どんな場合にも、対応できる人材を育てる

そういう目的があったのだ

 

そうか

ここには、僕以外の人間も

僕と同じ目標に向って、進んでいる

そう思うと、なんとも心強い会社ではないか

僕は、本当に嬉しくなった

 

「では、そろそろ乾杯といこうか」

その、社長の声を共に

それぞれが、飲み物を手に取った

 

「それでは、新入社員諸君の

大いなる未来に、乾杯」

 

僕は、その記念すべき一杯を

一気に飲み干した

 

 

 

「将来有望だと、思ったんだけどな」

早くも、散り始めた桜を

窓から眺めながら、社長はひとりごちた

 

新入社員研修後の、宴会の乾杯

一杯目には、必ず

毒のスペシャリスト特製の毒が盛られており

それを、新入社員が、どう回避するのか

それが、この時期の先輩社員達の

ひとつの楽しみでも、あった

 

ある者は

ひとくちだけ含み、グラスを投げ捨て

ある者は

あらかじめ、解毒剤をくちに含んで望んでいた

 

「教科書の1ページ目に、書いてあると、思うんだけど」

社長は、本部に送る資料をまとめた

「スパイの道は、とても厳しいな」