きようなできごと

記憶力が足りない

大全録音時代

電車のなかは、空いていた

7人くらいが横並びに座る席の

まんなかより、少しずれたくらいの所に、僕は座っていた

 

向かいの席に、人はいない

他の席にも、いないようだった

 

とにかく

気になっているには

僕からひとつ空けた所に座っている男の事だ

 

寝ているのか

ぴくりとも、動かないが

イヤフォンから、爆音がもれている

 

聞くでもなく、聞こえてしまうのだが

曲なのか、なんなのかよくわからないが

同じフレーズを、繰り返したり

かといえば、無音になったり

 

想像するに

相当、激しい演奏のアドリブ主体のジャズバンド?

かなにか、なんだろう

ぐらいに思っていた

 

でも

そうじゃなかった

ふいに、電車内が静かになる、すきまみたいなやつが

来た時、一瞬聞こえてしまった

 

それは

「ママー、ごめんなさい、ごめんなさい」

という、こどもの謝罪のことばだった

 

何度も、何度も、あやまるこども

そして、泣き崩れる

道端に、座り込んだのか

じゃりじゃりじゃりと、ノイズのような音も

はっきりと聞こえた

 

それに気がつき

男のほうを見ると

男も、僕を見ていた

というか、さっきから見られていたようだった

 

電車が停車し、男は降りていった

笑っているのか、歯ぎしりをしたいのか

よくわからない表情を、こちらに向けたまま

 

あれは、一体なんだったのだろうか

なぜ、そんなものを録音しているのだろうか

それを、なぜ爆音で聞いていたのだろうか

 

あれきり

あの男と、一緒に電車に乗り合わせたことがないので

詳細は、不明です

 

 

 

 

「こんな事、あるわけねえだろ」

喫茶店のテーブル

頭を下げたままの、僕の頭に

僕の原稿が、ばらまかれた

でも、大丈夫

このやりとりも、録音してあるのだから