きようなできごと

記憶力が足りない

ストーカーが見てる


最初は
手紙だったという

 

「なんか変な手紙きちゃって」
美容師のエムさんは
同僚に手紙をみせた
そこには

 

「はじめてみたときから
君のことが」

 

という文章ではじまる
熱烈なラブレターだった

 

「え、これラブレターじゃん」
「へえ、誰からなの?」
まわりは歓喜の声をあげたが
エムさんはしずんでいた
「あの、この前きたお客さんの」

 

その方は
前の週にきたお客様で
エムさんは
先輩美容師のアシスタントとして
ついていたお客様、ワイさんだった

 

先輩美容師が
髪を切って洗髪したあと
エムさんはドライヤーをかけていた

 

その時
鏡越しにワイさんが
エムさんのことを見ているのを
エムさん自身もわかっていた

 

「でも、あんまりタイプじゃないから」
エムさんはそう言うと
作業にもどっていった
思えばこれが、はじまりだった

 

手紙が届いた
次の週
その美容室に
荷物が届いた

 

それは、エムさん宛てで
送り主は、あのワイさんだった

 

そのおおきな箱は
おおきいわりに、軽かった

 

開店前の準備中に
届いたそれを
エムさんとともに
従業員がまわりをかこみ
開けることに

 

なかみは
バラの花束だった
手紙もそえてある

 

以前の手紙の件を知らない者は
「素敵な贈り物じゃないか!」
と声をあげた
知っている者は
エムさんの様子を見守る

 

エムさんは
ふるえながら泣きながら
裏に行ってしまった

 

その時
この贈り物は
以前きたお客様からのもので
という事が説明され
エムさんとして
あまり、受け取りたくはない
ものであることを
従業員全員が知ることになった

 

さらに
次の週
開店準備中の美容室で
エムさんは
とんでもない姿であらわれた
それは
白いクリームまみれで
さらに紫色の液体をかけられた状態の
エムさんだった

 

エムさんが言うには
先日、バラの花束の贈り物をした
ワイさんが
通勤中のエムさんの前にあらわれ
なぜだか
片手には、ワイングラス
もう片方には
小ぶりのウェディングケーキをかかえ
待っていた
なんというか
ワイさんの中では
もう、結婚式をあげる
ということになっているらしい

 

それを
エムさんが通るであろう道端で
テーブルにはエムさんのグラスも
用意され
さながら
ふたりだけのウェディングパーティー

 

かなり混乱したエムさんは
ワイさんを振り切ろうと
テーブルをよけて
歩きだすと
そこに歩道ぎりぎりに
車がうしろからきて
エムさんは
それをよけた

 

テーブルはひっくり返り
ワイさんは倒れ
エムさんは
頭から赤ワインと
ケーキをかぶることになった
ということだった

 

「もう、怖いよ」
ふるえながら泣いているエムさん
さすがに今回は
ということで
店長から警察に連絡
ただ
「周辺の警備を強化する」
ということに

 

気になるのは
最初以来
ワイさんは
店にはあらわれない
ということだった
エムさんに会うのを
妨害されるのを警戒しているのか

 

そんな中
ついにワイさんがあらわれた
その日は
強い雨が降っていた

 

開店準備していた店内に
店の外から
「エムちゃーん、エムちゃーん」
という声が聞こえた
すでに
出勤していた美容師たちが
外に出ると
なぜだか
アロハシャツをきた
あとスーツケースをひいた者が
雨の中外で叫んでいる
「エムちゃーん、ハワイ行くよー」
周辺の住民も外に出て
その様子を見ている
美容師たちは
それを呆然をながめた

 


「なにそれ、すーげーじゃん」
「ものすごいストーカーだね」
「結婚式のあとは、新婚旅行か」
この話を
聞かされた面々は
それぞれ感想をもらす

 

「でもさ、あらわれたなら捕まるだろ?」
「そうだよなあ」
「違う」
話し手のエヌ彦は
まわりを制した
「違うんだ」

 

その
アロハシャツ姿の者は
エムさんでした
そもそも
ワイさんは手紙など
バラの花束など
送っていなかったのです

 


「全てはエムさんの自作自演」
エヌ彦はつづける
「そして」

 

エヌ彦たちは
居酒屋で怖い話を順番にしていた

 

エヌ彦は居酒屋の入り口付近を
指差して
「あそこにいるのが、僕につきまとっている
エムさんだ」

 

入り口に近くのテーブル席に座る
白いワンピースの女は
少しだけ笑みを浮かべ
ビールジョッキをあおった